法話339

確かな生き方

勝山市沢町一丁目・法勝寺住職 佐々木蓮證

私どもは幸福を求めて生きていますが、真の幸福とはいったいどういうことなのでしょうか。幸福を金銭財産などに置き換えて、利益追求に血なまこになっている社会生活を、どこまでおし進めても、人間の苦悩は解決できないことを仏教は教えていなす。この生存競争の激しい時代に、自己の確立は必要なことでありますが、それを単なる利害打算のみにとらわれる自己主張(利己主義)であるならば、最後はなんのために苦労したのかわからぬむなしい生涯を終わることになります。
仏教は、真の自己確立は「真実に生きる」ということを教えるのであります。金や名誉などよりも、もっと確かな真実なものにふれ、ごまかしなしに生きるという願いが出発点であります。
親鶯聖人が求めてゆかれたのは、この「真実」一つでありました。「煩悩具足の凡夫、火宅無常の世界は、よろずのことみなもてそらごとたわごと、まことあることなき」と申されました。煩悩具足の凡夫が自分の思いだけで真実ときめて自己主張しても、それは本当の真実ではありません。
「念仏のみぞまこと」と聖人は申されました。自分を素直に省みる人ならば、自らの浅はかな思いは次第にくだかれて、本当に謙虚にみ教えを聞く態度が生まれます。そういう人には乾いた砂に水がしみこむように、まことがしみこみます。その人はすべてのものから学ぶことができます。本当の自己を確立するということは、自己主張ではなく、真実に向かって聞く人が一番自分を確かにしているのです。

法話339挿絵

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