法話337

人生彩る「おかげ」(物や金で得られぬ豊かさ)

勝山市沢町一丁目・法勝寺住職 佐々木蓮證

めざめの言葉

御利益というと、一般では人間の欲望がかなったことを言うようであります。しかしそれは、もしあったとしても一時的なもので、例えばお金が入っても絶対に無くならない保証もなく、病気がなおっても絶対に死なない人間になったわけではありません。
仏教でいう「利益」とは、インドの「アルター」という言葉を訳したもので、それは「目ざめ」とか「目標」という意味であります。「目ざめ」とは見えなかったものが見えてくる、今まで感じなかったものが感じられてくることであります。
すなわち今まで「当たり前」としか見えなかったものが「ありがたい」と感ぜられ、思いたくない自分の罪や死の問題をごまかさずに見て、限りある命なればこそ、人間として生きることも死ぬこともすべてまかせきることのできる永遠不変のよりどころを恵まれるのを、「利益」といいます。
人生の豊かさは決して物や金だけで彩られるものではありません。物や金がありながらも、ひからびた人生を歩んでいる人も少なくないようです。どんなにお金を積んでも買い求めることのできない「おかげ」は、私の生活の身近なところにあるのです。
ところがその「おかげ」の中に身を置いていても、何が「おかげ」やらわからない者には、真実の幸福を見つけることは永遠にできないのであります。二度とない人生の道ゆきを豊かに彩ってくれるのが「目ざめの言葉」であります。「おかげさま」「ありがとう」「すみません」と受けとめることができるのと「当たり前」と不足で持つのとは天と地の差があります。

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