法話323

人生は美しい!(「恵み」への感謝忘れずに)

大野市伏石・常興寺住職 巌教也

おかげさま

あるお寺の掲示板で、私はこんな言葉に出あいました。それは…
「日光・空気・水… 生きるために必要なものは タダである。タダで生かされている恵みを 知らないところに 行き詰まりがある』と。
この言葉を、もう一つの面から表現したら…
『土・水・空気 人間の作ったものじゃない』ということになるようです。
一番身近なところにあって、生きるこの私を、最もささえていてくれる、大事なものの恵みを、さもあたりまえのもののように、もらいっぱなしの、この私でございました。
仏法には「冥加(みょうが)」という言葉がございますが、「おかげさま」ということを、一番忘れているこの私自身でございました。
そんな今、
「毎朝、目をさますたびにあなたは、こういってもいいだろう。
”目が見える 耳が聞こえる 体が動く 気分が悪くない ありがたい!人生は美しい!”」
といったフランスの作家・ジュール・ルナールの言葉を、味わい直している私でございます。

法話323挿絵

自然の営み

大野市伏石・常輿寺住職 巌教也

あるお寺の掲示板で、私はこんな言葉に出合いました。それは…
「たわむれに母を背負いてそのあまり軽きに泣いて三歩あゆまず」(石川啄木)
× × ×
十七歳で胸をわずらい、二十六歳でこの世を去った歌人・石川啄木のこの歌は有名です。
江戸時代の文人蜀山人(しょくさんじん)の狂歌に
「いつまでもあると思うな親と金 無いと思うな運と災難」
というのがありますが、さまざまな人、それぞれの人生を、一人背負っていかねばならない心の重荷を、ひしひしと感ずることであります。
親という文字は立木にのぼって、子供の帰りのおそいのを案じて見ている、という切ない、それこそ親心のこもった尊い一文字であると、分解された方がいますが「親の恩歯がぬけてからかみしめる」の古川柳に、うなずくほかはございません。
東京の皇居のお堀で一躍、有名になったカルガモのヒナも、大きく育ったことでしょう。
そして「恩を忘るな育ての親の 手もと離れる巣立鳥」の歌の心に、しみじみと命と自然のいとなみの尊さと、素晴らしさを感ずることでありますが、名詞としての自然を、形容詞・副詞としての自然(じねん)に取りもどすことが、環境庁だけでない、命を持ったすべての者の、一番の大仕事だと思います。

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