法話313

われを待つ灯は一つ

大野市御給・専福寺住職 関哲樹

自家用車が多くなりました。夕方にはつとめを終えて家路に急ぐ車の列と出合うことがあります。そんなとき「一日のお仕事ごくろうさまでした。家へ帰ってゆっくりくつろいで下さい。それにしても帰る家があってよかったですね」と思うのです。もし帰る家がなかったらどうしますか。一晩中走り回っているか、どこかで野宿するかです。
ヒマラヤに寒苦鳥(カンクチョウ)という鳥がいるそうです。この鳥は巣を作らないものですから、夕方になると寒さにふるえて苦しみながら「夜明造巣(やみょうぞうそう)」-夜が明けたら巣を作ろうと鳴くのです。しかし朝になるとそんなことは忘れて明るい太陽のもとで一日中飛びまわる、そんな日を毎日くり返しているということです。
「一千万の灯あれど、われを待つ灯は一つ」。たくさんの灯が街にともっていますが私を待っていてくれるのはたった一つわが家の灯であります。ですから帰る家を持つものはいつも心の安らぎを感じます。また親をもつものはいつも心に灯があるのです。

法話313挿絵

故川上清吉さんは「光を聞く」の中に「私のいのちの帰るべき故郷をもつこと、それが"帰命〃ということではあるまいか。私のなやみの中に来て下さるものがあるということ、それが”如来”の存在ではあるまいか。帰りゆく私のために灯を一つともして待つ親がある”念仏”とはその灯ではあるまいか」と味わっておられます。

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