法話311

幸福な人間へ導き(一銭の報いない施しでも)

大野市御給・専福寺住職 関哲樹

心のこもった行為を

お釈迦さまがお弟子といっしょにみ教えを説きながら家々をまわっておられた時のことです。貧しい家の前を通られました。するとその家の奥さんは、お釈迦さまを呼びとめてお話を聞きました。そしてそのお礼におかゆを一杯さし上げました。
ところが、それを見ていた主人が「そんな一銭にもならないものを施してなにになるんだ」と言いました。この話を聞かれたお釈迦さまは「ご主人の言われることはごもっともです。一銭にもならない施しがそんなに効果があるとは思いません。しかし貧しい中にも心のこもったよい行為は、きっとまた、よりよく報いられると思います。あなたは舎衛(しゃえ)国の辺りにニクルイ樹という大木があることを知っておられるでしょう。毎日たくさんの人々があつまって暑さをしのいでいます。そのニクルイ樹の種を知っておられますか」と申されました。

法話311挿絵

「知っています。とても小さいものです」「そうでしょう。あの小さい種があの大きな木になることを知っておいででしたら、なぜ少しでもよい施しをした人が幸福な人間になれることがわからないのですか。私たちの行う一つ一つが報いとなって表れるのです」とおさとしになったということです。
この話でよくわかったと思いますが、私たちがよいことをすれば楽しく、わるいことをすれば苦しい報いがあるのです。

法話310 トップ 法話312