法話310

生は自然の恵みで(仏さまもわれわれと同居)

大野市御給・専福寺住職 関哲樹

仏さまはどこに

「空気はどこにありますか」とききますと「知ってるよ。空気は自転車屋さんにあるよ」と小学一年生の女の子は答えました。きっとその子は自転車に空気を入れてもらったことがあるのでしょう。私たちは「仏さまはどこに」ときかれますと「お仏壇の中に…」と答えませんでしょうか。遠くにながめていないでしょうか。
利井鮮明和上さんは「空気は見えんが空気のおかげで生きている。吸うのも出るのも全く自然、および声は目には見えんが来てくれる。入ったら必ず出る全く自然」と申しておられます。広大なめぐみを受けながら空気の存在を忘れ、仏さまのおよび声に気づかずにうかうかと暮らしている私たちであります。
観無量寿経に「阿弥陀仏去此不遠(こしふおん)」とあります。そのこころを先徳は「阿弥陀仏ここを去ること遠からずみ名よぶ人の袖(そで)や袂(たもと)に」とまことに味わい深く詠んでおられます。念仏者の心身は仏さまに常に摂護されているのです。

法話310挿絵

蓮如上人は衣のえりをおたたきになって「南無阿弥陀仏よ」と仰せられました。また実如上人はたたみをたたかれて「南無阿弥陀仏にもたれる」と仰せになりました。才一同行は「喜びは床の中、床の中こそ弥陀の中、弥陀の中こそ南無阿弥陀仏」と喜ばれています。私たちはなお一層お聞かせいただいてめざめねばなりません。

法話309 トップ 法話311