法話309

自然な合掌、念仏(かたちになって表れる)

大野市御給・専福寺住職 関哲樹

心動き出した時

祖先は木の根、親は木の幹、根と幹を大切にすれば自然に枝葉(子孫)は栄えると申します。信仰は物や形ではなく心の問題であります。
しかし目に見えない心、耳に聞こえない心が動きだしたとき、合掌の姿となり、念仏の声となり、お仏壇、お荘厳、勤行、法要儀式というかたちとなって表れるのであります。
私たちの家で一番大事なところにお仏壇が置いてあります。お仏壇は教壇であります。「教えを聞いてくれよ、教えを基準にして生きてくれよ、教えを聞いて幸せに暮らしてくれよ」という先祖の方々の尊い願いがこめられているのです。
またお仏壇のことをお内仏ともいいます。お内持仏のことで、私たちの心の内のよりどころとなって下さる仏さまということであります。お仏壇のお給仕は仏恩報謝の行でありますから、お敬いの心をもってすすんでいたさねばなりません。
善導大師は「衆生仏を憶念すれば、仏また衆生を憶念し、彼此の三業相い捨離せず故に親縁と名ずく」と喜ばれました。私が「称(とな)えりゃ聞いているぞよ、拝めば見ているぞよ、憶念すれば知っているぞよ」といわれるのです。

法話309挿絵

念仏すればいつでもどこでも仏様と同じと知らせていただくのです。ありがたくもったいないことでございます。

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