法話223

一生心身を悩ます(彼土に至りさとり開く)

今立町定友・唯宝寺住職 藤下洸養

煩悩

煩悩というのは、人間がもっている心の垢(よごれ)のことで、それがつねに人間の身と心とを煩わし悩ますところから、煩悩と呼ぶのです。
煩悩は全部で百八あるといわれているが、そのうちもっともはげしいものを三つあげて、三毒の煩悩といっています。貧欲(どんよく=むさぼりの心)、瞑恚、(しんに=いかりの心)、愚痴(ぐち=真理を知らないこと)がそれであります。
親鸞聖人の著書をみると「煩悩具足の凡夫」という言葉や「無明煩悩われらがみにみちみちて…」「無明煩悩しげくして」といった言葉が、しばしばつかわれている。これはわれわれ人間が煩悩におおわれて、心身を悩まし、死ぬまで煩悩からはなれることが出来ないということをいわれているのです。
それではこのように煩悩と一枚になって、死ぬまで煩悩を捨てることのできない罪悪深重の人間が、一体どのようにしてさとりの世界に救われていくのでしょうか。

法話223挿絵

親鸞聖人は、これについて「正信喝」の中に「不断煩悩得浬繋」とのべられて、われわれ人間は、煩悩を滅せないままで、現世においては正定聚(しょうじょうじゅ=死んだら必ず浄土に往生するというなかま)に入り、彼土に至って涅槃(ねはん)のさとりをひらくといわれています。

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