法話169

美しく厳粛な自己洞察

順教寺前住職 中臣徳恵

合掌の尊さ

四つ足の動物が、進化して立つことを得たので、人類は頭脳が万物に優れた能力を保つようになり、同時に両足が両手となって、その素晴らしい動きが出来るようになった。その手こそ第二の脳ともいわれ、持つ、書く、描く、などなどあらゆる動作が人類の歴史を築き、文化の源泉となっているのである。
さらにその両手のたなごころを合わすことによって、宗教的に、いよいよその霊能が現れる。歓喜のしるしとして両手が合わせられる。神に向かってはかしわ手となって、その発する音によって、神との交流が出来、仏に向かっては礼拝となって、静かに感謝内省の深き心が整えられる。
この合掌こそは、人間の姿の中で最も美しい厳粛な自己洞察の形であり、ほかの生物には不可能な、人間にのみ与えられた貴い能力である。それは幼少からのしつけにより、育てによって発揮出来るのである。

法話169挿絵

もしも、その環境がなかったなら、生涯、真の合掌の徳が現れずに終わることさえあります。そして合掌の余徳を見ずして人間性を失い、道徳的にも不如意の結果になることが思われる。現在の社会現象の中で憂うべき、さまざまな出来ごとが、合掌を欠くことから起因すると思われる。「合掌に非行なし」というべきである。

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