法話166

築地の朝

大野市元町・円和寺住職 日種真隆

アメリカの大統領は、その就任式で聖書を手に置き、誓いを立てる。これは、政治の根底に宗教があるということであろう。
日本の場合は、こうした儀式はないが、政治家の皆さんも、法を聞いておられるのである。小坂善太郎さんは「築地聞真会」について、次のように言っておられた。
「何と言っても気分のよい会合である。早朝八時に本堂に集合しパイプオルガンの奏でられる中に沈思黙考し、日ごろの雑念を払い、澄み切った気持ちになっていると、築地本願寺輪番を先頭に、僧侶(りょ)が一列に正座し、正信偈(しょうしんげ)を唱える。私どもも数珠を持って、経本を見ながらこれに和する。信心深い議員は空で大声で唱えているが、私など新参者は、一字一字くっついて唱えていく。唱えているうちに自分がゴミゴミした東京の中で毎日毎日、難問と取り組んだり、各種の陳情や世話に明け暮れて、疲れ切った神経がいつの間には癒(い)やされ、大きな宇宙の中に無我の境に座っているような気がしてくる。いのちの洗濯とはこういうものであろうか。読経が終わってから法話を聞くが、これまた楽しいことである。極めて稀(まれ)であるが、ご門主の法話の時もある。これが終わってから食事を頂くが、その前に感謝の言葉を述べて合掌し、食事が終わってから、また感謝の合掌をする」
築地聞真会は、二十年の歴史がある国会議員の聞法の会で、百名余の議員、夫人、秘書が聞いておられるとのこと。
会が開かれる築地の朝は、いつも清々(すがすが)しいようである。

同じ方向

大野市元町・円和寺住職 日種真隆

法話166挿絵

家族がそろって、お仏壇にお参りするということは、見た感じも良く、和やかなものである。いいものだなあと思うが、それはどうしてであろうか。
仏様の前では、座の高低はなく、それでかなと思ったが「それは、みんなが同じ方向を向いているからです」と聞かされ、なるほどと思ったことがある。
同じ方向を向いて座るという形を通して、やがて家族全員に同じ心が育つように思われる。「同一に念仏して別道なき」家族でありたいものである。
さて、子供が高校生の時のことであったが、大学受験を控えての懇談会で、先生から「この前、報恩講の手伝いだといって学校を休んだが。そうでしたか」という質問を受けた。
「私がそうさせたのです」というと、先生から「今時そういう親はいませんね。みんな勉強、勉強で休ませたりしません。子供も嫌がりますし…」とのことであった。現代の世相や風潮を思わせられ、私は先生がどんな思いなのかと思った。
勉強は大事だが、家族が力を合わせる時は合わせるという心が大事である。みんなが同じ方向を向くということが大事である。
お仏壇の前にみんなが座る。仏様に向かってみんなが座る。そうすると、今まで見えなかったものが見えてくる。人間成就の道が見えてくる。

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