法話162

仏教の世界観理解を

円和寺住職 日種真隆

科学と宗教

科学と宗教ということについて、私たちは大分考えて参りました。それぞれの立場というものが分かって項けたと思います。
そこで、問題を一番最初の母親の質問に戻して、仏教では地獄の世界というものをどのように考えているのか尋ねてみたいと思います。そしてこのことが、仏教入門の第一歩になると思うのですが、それにはまず仏教の世界観というものを知って頂かねばなりません。宗教はみなその宗教独自の世界観を持っているので、それを理解する必要があるのです。
そこで、まずこの世界観という言葉の訳ですが、普通、世界といえば、日本とかアメリカなどいろんな国の集まりを言いますが、仏教では次のように考えています。すなわち世界の二字を二つに分け、世は過去、現在、未来の三世という時間を、界は東西南北上下という空間を考え、生きとし生けるもの、すなわち衆生(しゅじょう)の住む時間、空間を世界と言っているのです。そしてそういう世界が、どのようにして出来ているのか、どのようにして成り立っているのかを考える…それを世界観というのです。
ところで、ここで注意したいことは、仏教ではこの「世界」を単に空間つまり場所としてだけでなく、三世という時間を考えているということと、それに人間を普通われわれが考えている人間というふうにとらえずに「衆生」として考えている点です。「衆生といわれる人間」…それが仏教の考え方です。

異なる宗教の世界観

円和寺住職 日種真隆

科学と宗教

法話162挿絵

さて、その世界観が宗教によって異なるのですが、今それをキリスト教と仏教とを比較して考えてみたいと思います。
まずキリスト教では、
(自然も人間も万物も、あらゆるものは神によって造られ、神によって支配されている)
という世界観を持っています。
これに対し、仏教は、
(すべてのものは互いに因となり縁となり合って自らを形成している)
というのです。すなわち、キリスト教では「神による創造、支配」を説くのに対し、仏教では「縁起の法による自らの形成」を説くのです。
この世界観の違いが、そのまま地獄の問題にも連なっているのです。端的に言えば、キリスト教では、神が地獄を作ったのですが、仏教では仏さまが地獄を作ったとは決して言いません。それならば、仏教では地獄の世界の事をどう考えているのでしょうか。どう味わっているのでしょうか。私は今から次のような趣の深い話を通して、この問題を皆さんと味わって行きたいと思います。
-地獄の世界というものが、本当にあるのかないのか。この問題は何も近代科学が発達してから初めて疑問になったのではなく、もっと以前から多くの人たちの間で考えられて来たものです。そしていつの場合にも、在るという方と、無いという方とに分かれて果てしなく議論が続けられて来たに違いありません。そんな議論の果てに、昔ある村の青年が一人の和上(わじょう)さんを訪ねて行きました。

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