法話158

心の世界に明るさを

円和寺住職 日種真隆

科学と宗教

そこで、最初の子供の質問に戻って考えてみますと、「地獄の世界を証明してみよ」という考え方は、科学の分野と宗教の分野を一緒にして混同している無理な考えだという事が分かるのです。それは、ちょうど足の骨を折った時に、内科の医者に治してくれと言っているのと同じ事であって、いつまで待っても治してくれません。それと同じように、「証明せよ」という考えは、言う方が間違っているのだという事がよく分かって頂けたと思います。
次に科学は、人間を幸せにするために考えられたのですが、人間は科学だけでは、幸せになれないという事です。この点について、少し考えてみますと、なるほど、科学の進歩に従って、私たちの生活は随分よくなってきました。部屋の中を見渡すと電話があって遠くの人と話をすることができる。また、テレビがあって地球の裏側の事でも、いや月の世界の事でも同時に見ることが出来ます。台所の隅では、機械が洗濯をしてくれているし、外へ出る時も車というものがあって、行きたい時に行きたい所へ、自由に玄関から玄関まで行くことが出来る。随分便利になったなと思わずにいられません。寒ければ暖房をするし、暑ければ冷房をする。また、暗ければあかりをつけるといった具合に世の中は昔に比べると本当に便利になり、明るくなってきました。

法話158挿絵

しかし、それは人間を取り巻く外側の世界の事であって、人問の内側、心の世界まで明るくなったと言うことではありません。

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