法話048

念仏は尊かりけり

清水町島寺・浄福寺住職 藤井信哲

「仏法は聴聞にきわまる」とは蓮如上人のお言葉ですが、生涯聞法が私どもの心がけであるべきであります。凡夫の私どもはみ仏の教えを聞き、真実の宝-お念仏を恵まれるわけであります。

大無量寿経でお釈迦さまは「真実の利を恵む」と示されていますが、この真実の利を親鸞さまは「阿弥陀さまの御本願」とうけられました。お名号を聞くことを得て信心歓喜することでありましょう。

最近のテレビの普及は、仏さまの神通力の天眼通のように遠いところでもみることができるようになりました。百聞は一見にしかずで、見れば納得しやすいこともあります。

観無量寿経では、お釈迦さまが章提稀夫人に「あきらかに聴け、あきらかに聴け」と仰せになり、仏力により阿弥陀さまのお浄土をみさせ給い、夫人は御信心を得られました。

しかしお釈迦さまがおいでにならない今、そんな具合には参りません。「煩悩障眼錐不見」で、煩悩に眼をさえぎられて、仏さまを見たてまつることができないのであります。

浄土真宗の生活信条にも「み仏の恵みをよろこび」とありますが、仏法を聞
き、信を得た人は、真実の宝を得たということで、お念仏を恵まれました。
仏法を聞くこと、お聴聞をつづける人は、その宝を恵まれて、よろこびの毎日を送っているのです。

「み仏のみ名をとなうるわが声は わが声ながら尊かりけり」の法歌がこのことをあらわしています。

みんな悪人

清水町島寺・浄福寺住職 藤井信哲

法話048挿絵

「お説教きいていると、罪悪深重の凡夫とか、つくりとつくる悪業煩悩とか、真宗の教えはみーんな私が悪いということばかりで、わしゃ自信がのうなるよ。電信柱が高いのも、郵便ポストが赤いのも、みんな私が悪いからというような歌があったけど、ありゃヤケくその嘆き節やろが。そんなら御院さんも悪者じゃろ」

-口が悪いお同行の言葉で、思わず笑ってしまいました。
「笑いごとじゃないでっしゃろ。どこでお説教聞いても、悪人のこの野郎。お前が悪いんじゃーというばかり。これでいくとわしらより政治家の方がもっとウソつきの大悪人のような気がするが。あんたも私も悪いのは、つまり政治が悪いからでっしゃろ」

「みんな人のせいにしちゃいかんナ」

「御院さん、ホントにわしゃ悪いのかネ。わしが悪いなら、世間はみんな悪い
人だナ」

「親鷲さまのお言葉にも(よろずのことみなもって、そらごと、たわごと、まことあることなし)とある。あんた、ウソついたことないか」

「あるよ。商売じゃ、ウソも方便だ」

「だまされた人は恨むだろ」

「そういうと気がとがめるナ」

「あんたも仕返しにウソをつかれるかもネ」

「そりゃ困る」

「それが因果応報ということさ。仏さまはそこを見抜いてのお救いだね」


法話047 トップ 法話049