法話041

魚の習性人間にも (抜けきらぬ煩悩に名残)

正玄寺住職 岩見紀明

人の世のはかなさ(三) 一茶の俳句に学ぶ

「魚どもや桶(おけ)とも知らず夕涼み」

小林一茶の句です。人の世のはかなさも知らずに浮世の涼を楽しんでいる姿を詠んだものでしょう。一茶はこの句に自分の姿を見てとっていたものと思われます。

芭蕉にもよく似た句があります。「蛸壼(たこつぽ)やはかなき夢を夏の月」というのです。魚類には、自分の住んでいるところが一番安全なところだと感ずる習性があるようです。だからタコは、自分の住み家であるつぼが動き出すものなら、なおのこと、つぼの底にしがみついてしまうので、タコの習性を知った人間にまんまとだまされてしまう姿は、あわれというよりほかはありません。

あるとき、子供にせがまれ、金魚を買って帰ったことがあります。家に着くなり、ナイロン袋ではさぞ窮屈だろう、早く金魚鉢の中に移してやろうと思って袋から鉢に移すと、水だけが先に出てしまって、あとに残ったごくわずかの水のところに必死になって残ろうとしているのです。

まさに「久遠劫(くおんごう)より今まで流転せる苦悩の旧里は棄て難くいまだ生まれざる安養の浄土は恋しからず候ふこと、まことによくよく煩悩の興盛にて候ふにこそ、名残惜しく思へども娑婆(しゃば)の縁つきて力なく終わるとき彼の土へ参るべきなり」です。

限りある有限を無限と思って「この世をばわが世とぞ思う」といった中世の貴族を思いだします。限りある存在であるゆえに彼岸世界が建立されてあるのです。ぬけきらぬ煩悩のおけをすべてと思っているあわれさがしみじみと詠まれています。

母すなわち仏さま (法義賛嘆の雰囲気に育つ)

正玄寺住職 岩見紀明

俳旬と信仰(一) 小林一茶の場合

「ととさんやあのののさんがかかさんか」

法話041挿絵

小林一茶の句です。一茶は三歳で母を亡くしました。しかし、一茶には母を慕って書いた文や句は「亡き母や海見る度に見る度に」という句以外には見当たりません。

たぶん口にふくんだ乳の甘さの感覚だけが追憶となって残っている程度ぐらいでしょう。なぜなら物心つく前に母を失っていたからだと思われます。冒頭の旬は、一茶が八歳のときまま母がくるまでの約五年間、父と祖母との三人暮らしのころを追憶して詠んだものと思います。

たぶん、妻を亡くして育児に困った弥五兵衛が、むずかる一茶を仏壇の前で「ほら、坊のお母さんが見ておるよ」などと言っていたにちがいないと思われます。だから一茶は母というとき、すぐ仏(のの)さまを思いだしたのであろうと思われます。

「蓬莱に南無南無という童かな」という句があります。対象こそ違っているが、小さな童たちがもみじ手を合わせて「南無南無」といっている様子を見て、幼き日を思い出していたのだろうと思われます。

一人の人間の思想や人格を考えるとき、その人の生まれ育った環境をぬきにして語ることは出来ません。一茶は信濃の柏原で生まれ、そこで死にました。柏原はほとんどが真宗門徒です。いろりを囲んで法義賛嘆した「お講さま」のある雰囲気で育ったのでしょう。

「御報謝と出した柄杓(ひしゃく)へ桜かな」この句が、この辺の事情を語っているようです。


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