法話025

苦しみを縁に成長 (自分の責任、問題とし…)

西光寺前住職 吉田俊逸

「除苦悩法」の方法

お念仏をとなえていたならば、私の苦悩が消滅するのでしょうか。煩悩具足の凡夫です。もしこの私に苦悩がなくなったらどうでしょう。それこそ恐ろしい人を人とも思わず、自分ほど立派な者はないという、うぬぼれと邪見と我の強い人間になるでしょう。

「除苦悩法」とは苦悩を取りさる法ではありません。苦悩の原因が子供のため、妻のため主人のためから起こっていると考えていた私が、苦悩の原因が他の人たちによって私が悩み苦しんでいるのではなく、どのような財産家に生まれ万金を蓄えていても、私は今と同じような悩みから逃れられないことに気付かさせていただくことです。苦しみから逃げれば逃げるほどますます深まってゆきます。

法話025挿絵

お念仏はそれらのことを私自身の責任とし、自分の問題としてゆくことを教えられるのです。このことが如来の本願に合わせていただくことです。御和讃の中に「無碍(げ)光の利益より、威徳広大の信をえて、かならず煩悩のこほりとけ、すなわち菩提のみずとなる」とお諭し下さいました。

無碍光とは如来様が私のために働いて下さるお力の代表です。今までの私はこの如来様のお働きが私のためであることを知らず、私一人が苦しんでいたと思っていたことの恥ずかしさを知らされるとき、かならず苦悩のこおりとけ、すなはち菩提の水となるごとく、如来様の本願こそこの悩みの多い私一人のための本願力であることに喜ばさせていただきましょう。

その時こそ、苦悩を除くのではなく、苦悩を縁として大きく成長して行くのです。仏様とともどもに努力して頑張りましょう。たのしい人生を送りましょう。

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