法話022

人間に差別はない (煩悩具足の凡夫へ自覚を)

西光寺住職 吉田俊逸

御同行御同朋の生活

ありがとう、私たちの生活には、あらゆる規律、制約があります。区別も生まれて来るでしょう。区別とは何か差別とは何かを理解せずに、人間生活にはそれがあるのが当然だと思って生活している人が、お念仏を申す人の中にあることは本当に残念なことです。

阿弥陀如来の他力本願は私たちに対して区別も無く差別もありません。すべて十方衆生と呼んでいられます。十方衆生とは親鸞聖人は御本典の信巻、別釈信楽(べっしゃくしんぎょう)の段に「凡(およ)そ大信海を按(あん)ずれば貴賎(きせん)、緇素(しそ=出家俗人)を簡(えら)ばす、男女老少を謂(い)はず、造罪の多少を問はず、修行の久近(くごん)を諭ぜず」とお示しになっていられます。

法話022挿絵

また四十八願の第三願に「設(たと)ひ我仏を得んに、国中の人天、悉(ことごと)く真金色ならずば、正覚を取らじ」とも誓っていられます。如来様のお救いには絶対に区別や差別はありません。しかしながらこのお教えに生きる私たちの日常生活はどうでしょうか。口にはお念仏を申し、ありがたい、もったいないと言いながら心の中はどうでしょうか。

人間は自分で生まれを選ぶことはできません。生まれた家、地域によって差別を受けるならば、それこそ許されるべきではありません。まして権力によってつくられた事像をもって区別し差別をするならば仏の教えに反するのみでなく、念仏者として最も悲しむべく恥ずべきことです。浄土真宗は阿弥陀如来の本願力によって信心をめぐまれ同一念仏に救われ、同一念仏を申す人生をあゆむのです。
如来様の慈愛に抱かれた人生ですから、大きな安らぎに生きる喜びと煩悩具足の凡夫であることに目覚めた生活こそ御同行御同朋の生活です。

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