法話001

一人ボッチの「川」 (生老病死を熟視しよう)

勝林寺住職 佐々木教応

人生(一)

「人生は苦なり」とは仏によって見られた世の中の実相です。その苦をさらに具体的に四つと八つに分けて、四苦八苦と示されました。このことはだれしも理解していることですが、大切なことはこの苦が果たして私の問題になっているかどうかということですね。

大経には「見老病死、悟世非常」と説かれています。見はみる、老病死をどう見るか、私たちはいつもこれを他人の上に見ている。あの人も年がいったなあ、向こうの嫁さん入院したそうな、あそこのばあちゃんも・死んだか、あの人、この人、向こうの人と他人の上に老病死を見て、自分だけは別の所にいる。

法話001挿絵

人生に対する驚きとは、人間の苦そのものを自分の上に見てゆくことでしょう。

川にはいろいろのものが流れている。先に流れるもの、後から流れてゆくもの、前後の区別はあってもともに大海の中に流れてゆく。この世に生をうくる者すべて、生老病死と名のついた川を流れて行くのです。男女老少の区別なく、金持ちも貧乏人も、権力者も悪党もともに皆この川を流れて行く。しかも悲しいことには一緒に手をつないでいかれないということです。夫婦は二世と言うが出てゆく時は一人です。かわいいわが子、一人残してはかわいそうと痛ましい親子心中が絶えませんが、実はこれも別々だということを知らねばなりません。

「連れても行かれず連れられもせず」とはよく言ったもので、まことにこの世は一人ボッチです。お釈迦様はこれを独生独死独去独来と説かれました。そしてこの生老病死の川の流れの果ては、一体どこへ行くのでしょうか。私たちは今一度ごまかすことなく、自分の足元を見てゆきたいものです。

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